Hiromi Nishimura "museum" 〜西村宏美 作品集〜

-西村宏実が創る作品に対する思い-


音楽に国境がないように、画家がキャンパスに自分の思いをぶつけるように、デザイナーは服に自分の全てを託す。デザイナーにとって、コレクション作品は、感情であり論理であり哲学でもある。その時、私にとって、誰に着てほしいとかどんな人が着れば似合うとかは、次のこと。ひたすらに、日本人として日本の遠い祖先から伝えられた大切な心を仕事のよりどころに、私は創造の世界に挑んでいきたい。


服飾デザイナー 西村 宏美

西村宏美のコレクション作品は、海外のテレビ、新聞・雑誌に取り上げられて称賛を博しました。






西村宏美作品集


【作品名】 鳥の歌
【素 材】 和紙

独立を決意した時、「都落ち」という日本語が背中に重く感じた。いつしか東京の学友や同僚との交流は疎遠になった。私はひたすら日々の仕事に打ち込んだ。もしも背中に羽があったなら、私は鳥になって、この町から世界の空へ飛び立ちたい・・・。
悩み深き若者よ、人間の背中にも羽はあるのだ。勇気を出して自らを信じ、翼を広げて未知の空へと飛び出そう。


【作品名】 至上の愛
【素 材】 畳

古来、日本には火により全てを浄化するという思想があった。大晦日、激しく火を焚くのはその表れだ。新年を迎える為に、一年のけがれを焼き払う。火は再生の祈りでもある。戦国時代は敗北を悟るや城に火を放ち、日本人は炎の渦の中に身を焦がし自らの魂をいさぎよしとした。身も心も燃え尽きてなお、残り火に宿る愛こそが日本人にとって至上の愛なのかも・・・。


【作品名】 叫叫
【素 材】 和紙

号泣は激しく泣くこと。号叫は激しく叫ぶこと。相手に対する叫びではなく、自分に対する声なき叫び。そこには我身との葛藤がある。胸に去来する様々な感情。幾重にも折りたたまれ、感情を押しこらえたロボットのように、声に出さない心中の思いを、叫叫(きょうきょう)と。ラッパ(メガホン)のモチーフで、心底からの叫び声を具現化した。


【作品名】 沸
【素 材】 和紙

溜りにたまった情熱が、皮膚を破って一気に吹きあがる。湧き出ずる光。沸き立つ意欲。目は前だけを見つめている。余分なものは目に入らず、人の噂も聞こえない。湧き上がる情熱に駆られて、ひたすら全力で仕事に打ち込む。それ以外、全てがどうでもいいことだ。自分と作品と、世界はそれだけから成り立っている。「沸」は、仕事にのめり込む至福の時・・・。


【作品名】 奔放
【素 材】 総絞綸子

日本独自の風呂敷は正方形の一枚の布。結び方で変わる自由奔放そのもの。「結び」は「産び」と同じで、果物が生ることを「実を結ぶ」。人は「縁が結ばれ子宝を産む」。日本は長い間マスの中に個を埋没させた衣文化だった。はみ出さないようにと教育を受けてきたから、風呂敷のように自由に布はしを結び、「奔放」にはみだしたものを創ってみたいと思った。


【作品名】 雑踏の中の孤独
【素 材】 フランス製特殊生地

日本が貧しかった頃、近所で味噌や醤油の貸し借りは珍しくなかった。「おすそわけ」という日本語に懐かしさを覚える。
ネット社会は、大きな利便性と情報をもたらした。しかし、人は貧困で餓死する、ストレスで自殺するのではないと思う。人は「孤独」というブラックホールに落ち込んだ時、人生に絶望するのではないだろうか・・・。


【作品名】 男と女
【素 材】 仏シルクと日本和紙

若い頃、長谷川きよしのライブに行った。男と女の間には深くて暗い川がある、誰も渡れぬ川なれど・・・(黒の舟唄より)
物静かな女性は、マネージャーとして盲目の歌手の杖となり、いつも傍らに寄り添っていたことが印象に深く残っている。
それから長い年月を経たのちに、男と女のように異なる二つの素材で、心の襞を震わせるような一着のドレスを創りたいと。


【作品名】 裂傷
【素 材】 和紙

愛想良く近づいて来るものがいる。相手の善意をうっかり信じると、とんでもない傷を負う。お世辞、おべっか、へつらい。蟻が密に近寄って来るように、得になりそうな事を求めて、うごめき這いまわるものの多さに人は見えない傷を負う。布地がやぶれて裂ける音は、心の傷の破裂音とよく似ている・・・。

 


【作品名】  和紙のマリエ
【素 材】 和紙

パリで和紙とは、ランプシェードの感が強い。日本の電気メーカーが、より明るく昼光色にと開発を進めていた頃、パリの一般家庭の天井には電気器具がなかった。卓上のランプシェードの電球色は、食卓を囲む家族に暖かさを。そして、カフェで語らう恋人には互いの笑顔を優しく映した。和紙のマリエに沢山の小さな電球をほどこし幸福の灯を・・・。


【作品名】 神界への道
【素 材】 和装コート地

般若心経など白生地に描いた御経の書道を通して、日本人の宗教心を白と黒の世界で表現した。仏教やキリスト教のように唯一神ではなく、古来より日本は太陽や水や火、花鳥風月、自然の中に神を感じ祈りの対象とした。いまなお、お年寄りが朝起きると真っ先にコップに清潔な水を汲み、太陽が出る方角の窓にそなえて合掌する姿には心打たれるものがある。


【作品名】 恋風
【素 材】 和紙

禁断の木の実はリンゴ。せつないその果汁の味。恋が芽生える予感は、フワフワした綿菓子を詰めたように、甘く優しく膨らんでいく。もみじの葉を漉きこんだ美濃和紙に真綿を詰めた服が生まれた。貴方と貴女の為にだけ吹く風を、私は「恋風」と名付けた。老若男女を問わず全ての人が、何かに、誰かに恋をしながら、死の直前まで素敵な恋風が吹きますように・・・。